城戸アラタ|Parallel Life Method
このページでは「月収17万円のアパレル店員から年商28億まで成り上がった過程」と「自己破産してゼロから3ヶ月で月収210万円、6ヶ月目で2,005万円、1年後に4,744万円稼ぎ復活するまでの経緯」についてまとめています。
最初に、30秒くらいで私の人生がわかるように説明するとこんな感じです。
■医師から「悪性リンパ腫」と宣告され死を覚悟するも克服する
■脱サラを決意するも、株式投資で貯金100万円を溶かし無事死亡
■店舗せどりで挫折するが物販で月収30万円稼ぎ脱サラ
■年商10億円達成しお金も時間もある状態に飽き、組織化してビジネスの拡大を決意する
■卸やメーカー取引、自社商品の開発などビジネスを拡大し、年商28億円を達成し天狗になる
■取引先の倒産により売掛金が回収不能になり連鎖倒産し、自身も自己破産する
■フードデリバリーと物販で再起を図り、3ヶ月後には月収210万円達成する
■情報発信を開始し6ヶ月で売上2,005万円達成し、さらに6ヶ月後には4,744万円達成する
■破産からの経験を通じて「パラレルライフメソッド」を確立し、大人の男の再起支援を開始する
まあ色々ありましたが今も元気に楽しく生きています。
ただ私は元々本当にゴミレベルの人間でしたので、これからのし上がりたい、這い上がりたいという人に夢を持ってもらうために「どうやってここまで来たのか?」を詳しく話していこうと思います。
【1978年〜】超田舎で育った幼少時代
幼少期は両親と父の両親と祖父の両親の3世代で住んでいました。祖父は農家を営んでいて隣の家では酪農を営んでいました。
遊びといえば畑で追いかけっこしたり、田んぼで虫を捕まえたりとかまあ超田舎育ちです。
性格はヤンチャで生意気で前に前にという感じではなく、どちらかというと控えめで大人しい性格でした。

大家族の中の長男で後継ぎと言われていたため、特に祖父母からは将来を期待されていたことを感じていました。
小学生の高学年になった頃は祖父母からの期待もあり、中学受験をするために進学塾へ通うことになります。
正直勉強は苦手でした。
子供ながら期待されていたことを感じていたので必死に勉強についていこうという気持ちはあったのですが、次第についていけなくなり、当然中学受験は失敗に終わります。
【1994年〜1997年】空回りな高校時代
高校は県内の公立高校に進学しました。この頃は「どうすればモテるか」を追求していた時期です。
「サッカーやっているとモテるよ」というサッカー部の先輩からの勧誘を鵜呑みにし、サッカーを始めましたが練習に全くついていけず3ヶ月で退部しました。その後コンビニのバイトを始めました。
サッカー部を退部しましたが「どうすればモテるか」の追求は続きました。
そんな中、ふらっとコンビニに入り雑誌コーナーに行き「イケメンじゃないけどモテる男の共通点」と特集が組まれている雑誌が目に留まり熟読しました。
イケメンでなくても「ミステリアスな男はモテる」ということがわかり、ミステリアスな男を演じ始めます。
それからというもの女子との会話は無愛想な表情で、視線を合わせず、「ああ」「そう」など一言、二言の返事をしていました。
完璧にミステリアスな男を演出できていると思っていたため、モテモテになることを確信していましたが、実際は女子から「何考えてるかわからなくて怖いしキモい」と噂が立ってしまい、敬遠されることになります。
【1997年〜】本来のクズっぷりを発揮した大学時代
高校卒業後は大学へ進学することになりました。
大学といってもFランク大学のしかも二部(夜間)で受験すれば誰でも受かるような大学です。
入学当初こそ毎日のように大学へ通いましたが、次第にバイトで稼いだお金で酒・タバコ・ギャンブルに溺れて授業をサボるようになり本来の自分らしさを取り戻します。
そして全く学校に行かなくなり、親や友人との連絡を全て断ち、彼女の家で引きこもり生活をしていたところ捜索願が出されるという事態に発展します。
この頃からあんなにも私に期待していた祖父母が「働いて飯を食っていければそれで良い」とクズっぷりを受け入れ、もう諦めたかのような発言をするようになり、すでに私に対する期待は感じられなくなっていました。


【1998年〜】社会人時代
「女の子と出会いが多そう」という理由だけでアパレル販売を始めました。実際に始めてみるとアパレル業界の厳しさを痛感しました。
まず最初に言える事は、給与の額がとても少ない事です。月の手取りでいくと17万ほど。その給与から自社の制服を購入すると手持ちは14万程度。独り暮らしでもしようものなら手元には2、3万円しか残りません。
また販売ノルマがあり「ノルマが達成できないから、自分で服を購入する」ということもありました。
自分で正規の価格で購入すれば普通に売り上げになるのでノルマ達成のために服を買わされたりしますが、そうするともちろん収入がマイナスです。
周りの店でも同様なことが行われており、周りのお店では経済的に厳しくなったスタッフが店の商品を盗んで持ち帰りそのままバックれるということもありました。
それでもアパレルを10年ほど続けていましたが昇給もほぼなく将来に希望は持てずにいました。
年齢も30歳を超え、将来のことを考えるようになり、動かないとなと考えてはいるものの心のどこかに私みたいな取り柄のない人間が何かできることがあるのかとか考えるだけで実際には行動に移せずにいました。
【2010年】突然のガン宣告・・・
そんなある日左の顎が大きく腫れました。「炎症でも起きたか」くらいにしか考えておらず放置していました。
ところがその炎症は治るどころかみるみる大きく腫れ上がっていったのでさすがに病院に行くことにしました。
近所の大きめの病院に行ったのですが「うちでは見れない」と言われ続け、病院を転々とし最終的に大学病院に行き着き散々検査させられました。そして医師から病名が告げられました。
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「悪性リンパ腫の可能性が非常に高い。なんでもっと早く病院に来なかったんだ」
こう告げられ「すぐに入院だ」と言われましたが「仕事があるのですぐは無理です」と言い返してたくらい全く実感が湧きませんでした。
ただ帰り道、徐々に現実を受け入れるようになりました。「私は死ぬのか」と頭をよぎり、両親には事実を告げておこうと思い実家に帰省しました。
いざとなるとなかなか言い出しにくいもので思い切って伝えました。
「悪性リンパ腫かもしれないから入院することになった」と伝えたところ母親は「悪性リンパ腫って、、、」と言って泣きました。
私もつられて泣きそうになりましたが「とりあえず克服します」そう伝えるのが精一杯でした。
「まさか自分がこんなことになるなんて」と思い始め、不安で寝られない日々が続きました。
そして 「自分の人生を精一杯生きてこなかったこと」 に対して激しく後悔の念が起こりました。失敗したことに対しての後悔は全くなく、「挑戦したかったのに挑戦しなかったこと」に対してものすごく後悔しました。
私は起業して自分の力を試したいという思いがあったのですが、うまくいくいかない問わず挑戦すらしていなかったことをものすごく後悔しました。
2回の手術を終え、顔の麻痺が残るかもしれないと言われましたがそんな後遺症もなく、幸いなことに腫瘍は悪性でなく良性であると判明しました。
「悪性リンパ腫」と診断されていましたが実際は「木村病」という全国でも症例数が300ほどしかない珍しい病気で、医師もほぼ99%の確率で「悪性リンパ腫」だと思っていたそうです。
【2011年】厳しい現実を突きつけられた不動産投資
退院しアパレルに復帰しました。
人生一度きり。やりたいことをやる人生にしよう!と強く思うようになり、私は「副業で稼ぐ!」という方向に向かっていくことになります。
最初は「金持ち父さん貧乏父さん」という書籍の影響で不動産投資を始めようと思いました。
この『金持ち父さん貧乏父さん』は世界中で約3,000万部、日本でも300万部以上売れたベストセラー本で投資家の入門本と言える本です。
不動産投資をはじめれば、自分も人生が変わるかもと思い不動産投資について調べていきましたが、まとまった資金がなく、アパレル販売員という職業の属性が低く融資を受けることもできず厳しい現実を突きつけられ撤退しました。
城戸アラタ不動産投資はある程度資金が貯まってからのスタートが良いと思います。


【2011年】ほぼ全財産を溶かした株式投資
次に株式投資を始めようと思いました。
ネットでも小資金ながら億を稼いでいる人もいて「小資金で稼ぐならこれしかない!」と思いました。
当時リチウムイオン電池という材料が注目されていて関連銘柄が高騰するという噂があり、その関連銘柄の中でも割安とされる三洋電機の株が化けるのではと言われていました。
まだ株式投資について全く理解もしていないにも関わらず全財産の50万円を突っ込みました。
そして信用取引というレバレッジをかけました。要は借金して株を買ったわけですが、最初は株価が上昇して喜んでいました。
その3日後、株価が大暴落しました。
あまりの暴落ぶりに何が起こっているのか分からずボーっとしてしまい、みるみるお金が減っていくのをみてこれはまずいと思い、ガタガタ震える手で決済ボタンをようやく押すことができましたが、戻ってきたのはたったの5万円でした。
数日間寝込むことになりました。



慣れないうちから信用取引なんかしちゃいけませんね。
余剰資金でやるべきですし、株式投資は毎月安定して稼ぐというより余剰資金の投資先として考えた方が良いと思います。


【2011年】希望をもって始めた店舗せどりで挫折する
株式投資でほぼ全財産を失い、お金がなかったのであまり見なくなった「人志松本のすべらない話」をヤフオクで売ってみました。
1,000円くらいで売れればいいなと思っていたらなんと15,000円くらいで売れてめちゃくちゃ衝撃を受けました。
何度もみた定価4,000円の中古DVDが3倍以上で売れたわけですから。


ただ、なぜこの中古品が定価の3倍以上の価格で売れたのかその理由がわからなかったので調べてみたところ、このDVDの初回限定盤は数量限定のため希少でプレミア価格になっていたことがわかりました。
またこのような希少品はブックオフなどで安く売られていることがあり、それを買ってネットで適正価格で売ることで利益を得ることができるというせどりを知ることになります。
「価値ある限定盤を安く見つければめちゃくちゃ儲かる!」可能性を感じてめちゃくちゃ興奮しました。
次の日、仕事帰りにブックオフへ儲かる商品を探しに向かいました。
「すべらない話」が高値で売れたことに味を占めてDVDを中心に商品をリサーチしました。
今でいう「せどりすと」のようなアプリはなかったのでブックオフとAmazonの価格差があるものを手動で探していくのですが、そんなポンポン見つかるわけもなく1時間ほどリサーチしても1点も利益商品が見つかりませんでした。
また別の日に別の店舗に行ってリサーチしても思うように利益商品が見つかりませんでした。
とにかく時間ばかりかかるのに全く儲からないことに嫌気がさし、ブックオフへ行く回数がどんどん減り、店舗せどりは挫折しました。
【2011年】物販で月収30万円稼ぎ可能性を感じる
店舗せどりは挫折しましたが、ネット上で限定盤が安く手に入らないかリサーチすることにしました。
この時は特にジャンルを絞らずDVD全般をリサーチしていたので知識の蓄積ができずに思うように利益商品を見つけることができませんでした。
心が折れかかりそうになった時、たまたまジャニーズの嵐の「ALL or NOTHING」というDVDを見つけました。
これが即売れて、利益2万円ほど稼ぐことができてめちゃくちゃ興奮しました。
これを機に嵐のCDやDVDを中心にリサーチを始めていきました。


利益1万円くらい稼げる商品をたくさん見つけることができ、嵐に特化したリサーチは大当たりしました。
というのも後々国民的スーパーアイドルになる嵐ですが、この当時は徐々に人気が出始めた頃で初回限定盤などの希少性ある商品がまだ安値でゴロゴロ転がっていたからです。うまくその波に乗れたと思います。
これから人気が出るアイドルを人より一歩先に目をつけて安値で仕込んでおけばかなり儲かりますね。
ただこの頃は本業を抱えながらでしたのでアパレルの仕事が終わって22時頃家に着いて、そこからリサーチや梱包発送をしていたので本当に寝る時間は少なかったです。
【2015年〜2021年】組織化で事業拡大し年商28億円達成する
物販で起業後、組織化して事業拡大していきました。
- メーカー取引
- 輸入ビジネス
- 輸出ビジネス
- 独自商品販売(OEM・ODM)
e-bayを通して商品を輸入した時のアカウントです。


Amazonを通してアメリカやカナダに輸出販売した時のアカウントです。


中国へ工場視察に行った時のものです。




当時香港の展示会での商談です。ここで商品の独占販売権を獲得しました。




この時に情報発信の延長でスクール運営なども経験しました。


この頃は格上の方々にコンタクトを取り(もちろんお金を払って)知識を吸収していきました。
鞄持ちをするのでといって海外に同行させてもらったこともあります。
一緒に時間を過ごすことでアドバイスをもらえるというメリットもありますが、その人のビジネスの熱量や、スピード感をリアルに感じることができたのは事業拡大に大いに役立ちました。
その人と自分のギャップが明確になり「私はまだまだ甘い」と必死にギャップを埋めにいきました。
本当にこれの繰り返しです。もちろん紆余曲折はありましたがビジネスは拡大していきました。
Amazon最高月商8,000万円
楽天最高月商6,000万円
自社商品を全国ヨドバシカメラに納品
自社商品を全国パチンコ店に納品(最高月商3,000万円)
年商28億円規模まで成長することができました。
2021年3月期の決算書です。年商28億円達成した時のものです。


【2021年9月】売掛金が回収できず連鎖倒産し自分も自己破産する
ヨドバシに商品を納入する際に直接納品することは難しく、ヨドバシ側からとある問屋を経由してほしいと要望があり、その問屋に商品を卸し、その問屋からヨドバシに納品してもらう形をとっていました。
この問屋ですが古くからある老舗の問屋です。取引先数も多くこの問屋と取引すること自体に全くリスクは感じていませんでした。むしろ事業が拡大していくと思っていました。
売上が拡大し私は天狗になっていたのだと思います。
特にその問屋に対して調査なども行わず取引していました。リスク管理が疎かになっていました。そんな時に限ってトラブルは起きるものです。
なんと・・・その老舗の問屋が倒産してしまったのです。
ヤフーニュースにも掲載されるほどでしたのでそれだけ大きな問屋だったということはご想像いただけると思います。
結局売掛金は回収できず、なんとか再建方法を模索していましたがどうする手立ても見つからず断念しました。
会社は倒産し、私自身も自己破産することになりました。



朝7時に国税職員10名ほどが
家宅捜索にきましたが
本当にテレビドラマを
見ているかのような感覚になりました。


自己破産した時はそれはもうテンパりました。
私はもう終わりだ・・・って思いました。
妻と子供2人いて親の面倒も見ていましたが、突然収入が0になってしまいました。
兎にも角にも収入がないと生活していけないので何で収入を得ようか考えていました。
妻から義父が日本郵便の配達の業務委託をしていて月に50万円ほど稼いでいたと聞いていたので私も配達でもやろうかと思っていました。
ただ日本郵便の業務委託は1商品の配達で200円前後の報酬でそれなりに稼ぐには朝から晩まで長時間拘束されてしまうということが唯一の懸念点でした。
というのも私は物販の知識を活かして這い上がろうと考えていましたから、物販を実践できる時間を多少でも捻出したいとの思いがありました。
メーカー仕入れをしてまた稼げばとも思いましたが、国税も払えず倒産したので個人で法人のメーカー仕入れを引き継ぐのは税金逃れと見なされる可能性があってできませんでした。
【2021年10月〜】フードデリバリーで再起を図る
そんな時、自分が経営していた会社の元社員からフードデリバリーの配達員が稼げるという話を聞きました。
ご存じの人も多いと思いますが、フードデリバリーの配達員とはUber Eatsや出前館などと業務委託契約を結び、それぞれのサービスに加盟している店舗の商品を、注文したユーザーに届けるという仕事です。


とりあえずやってみようと思いすぐにUber Eatsのドライバー登録の申請をしました。
Twitterで情報を探していると、自転車よりバイクでの配達が稼げるということがわかったので現金が減ってしまうのは痛かったですが10万円ほどの原付を購入しました。



後々にはキャノピーという配達専用バイクをレンタルしました。屋根が付いていますし荷台も付いていますし、配達専用だけあって一度これで配達すると手放せなくなるくらい便利です。
申請して審査も通過して業務開始できることになり、とりあえずどんなものかとドライバー専用アプリから「出発」ボタンをタップして繁華街の方へ向かいました。


最初は勝手がわかりませんでしたが、1日でも配達すればすぐに慣れました。
Uberのドライバーアプリは初心者でも迷うことなく配達できるように設計されていてわかりやすかったです。
ちなみに初日、昼11時〜13時、18時〜21時の5時間の実践で売り上げはこんな感じです。記念にスクショしておきました。
慣れない中、少ない稼働時間で7,000円ほど稼げたことに希望というか安心感を持つことができました。とりあえずこれで生活はしていけるなと思いました。


【2021年12月】フードデリバリーで月収100万円稼ぐ!
Uberに慣れていき安定して稼げていましたが、Twitterを見ていると出前館の方が稼げることがわかり、すぐに出前館と業務委託契約を結びました。
出前館をやってみてUberに比べ時間に追われる感覚は強かったです。というのも出前館はお届け遅延に対してUberより厳しかったからです。
また配達のオファーの受諾も早押しでしたので常にアプリから目が離せないのも神経をすり減らす要因でした。
ちなみにこんな感じでアプリ上にオファーが飛んできてそれを早押しして一番早く受諾した人がオファーを受け取れるという仕組みでした。(今現在は早押しは廃止されたようです。)


それでも出前館の報酬はものすごく高くて魅力的でした。
繁盛期やピークタイムの配達が混み合う時間帯などはインセンティブがつき、1配達で1,500円〜2,000円ほど稼げました。
私は近道や信号が赤になるタイミングが感覚でわかるようになり(笑)効率的に配達できるようになっていたので1時間で5,6件は配達できるようになり、時給換算だと1万円を超えました。
毎日休みなくフル稼働していたので月収100万円稼ぐこともできました。
私だからできたというより道を覚えてフル稼働すれば月収100万円は難しくないと思います。
まあパワープレイですね。(今は報酬体系が変わったかもしれませんが、、、)



ちなみに私と同じように出前館の業務委託契約をした大学生と話した時に聞きましたが、週末だけフル稼働して40万円くらい稼いでいて普通のバイトはできないって言っていましたね。まあそりゃそうですよね。







12月はむちゃくちゃ寒かったです…
【2021年12月】スキマ時間で実践していた物販でも月収110万円稼ぐ
ちなみに当時の1日のスケジュールはこんな感じです。配達のスキマ時間で物販も実践していました。
- 7時〜起床
- 8時〜物販時間
- 9時〜筋トレ(土日祝は9時〜業務開始)
- 10時30分〜業務開始
- 15時〜16時まで休憩と(物販の作業がある場合は一旦帰宅)
- 16時〜業務開始
- 22時〜帰宅して風呂に入って飯を食ってあとは物販
- 24時〜就寝
タイトなスケジュールでしたがそれでも筋トレをしていたのはモチベーションを維持するためです。
というのもこの時は破産手続き中で、その手続きにあたってネガティブなこともありモチベーションが下がりやすかったからです。
そんな中でも配達と物販を掛け持ちながらどちらも結果を出したかったので、筋トレする時間を無理にでも作ってモチベーション維持をしていました。
【2022年1月〜】情報発信スタート!98日で収益2,005万円達成
2022年1月より「3ヶ月で月収110万円達成した物販ノウハウ」をTwitterで情報発信を開始しました。
私は実際に稼いでもらえることを意識して発信していました。フォロワー数も少ない無名な私を信用してもらうには実際に収益を出してもらうことが必要だと思っていたからです。なのでかなりリアルな内容を発信していました。
4月にはノウハウを体系化してBrainで教材をリリースしました。
初心者にも実践可能で再現性が高く人気商品となり、バックエンド販売も合わせTwitterフォロワー数914人で収益2,005万円を達成できました。




【2022年12月〜】情報発信開始から1年で収益4,744万円達成
その6ヶ月後にはさらに2,738万円稼ぐことができ、1年で合計4,744万円稼ぐことができました。




【2023年】韓国物販で月利128万円越え達成!!
その後物販からの派生で韓国商品にも対象を広げ、実践開始後2ヶ月目で月利100万円を超えました。












韓国現地で買い付けもできたりで楽しく実践できるのが魅力です。






【2024年〜】パラレルライフメソッドの確立
破産を経験し、フードデリバリーと物販で復活する過程で、私は大切なことに気づきました。
それは、「稼ぐこと」だけが人生の目的ではないということです。
破産前の私は、売上を追いかけ、従業員を増やし、取引先を拡大することに必死でした。「家族のため」と言いながら、実は自分の虚栄心を満たしていただけでした。
破産して全てを失った時、やっと気づきました。本当に必要な幸せは、めちゃくちゃシンプルだということに。
- 家族と普通に笑って飯を食う時間
- 体が健康で、気持ちが前向きでいられる毎日
- 自分のペースで稼ぎ、自分の責任で生きる自由
- 好きなことに打ち込めるエネルギー
破産前より、今の方がはるかに幸福度が高いと胸を張って言えます。
そこから行き着いた答えが「パラレルライフメソッド」です。
これは複数の人生軸を同時に育てる生き方です。
パラレルライフメソッドの5つの軸
① 体を鍛える(筋トレ×キックボクシング)
強くなれば自信が戻ります。体が変われば人生が変わります。キックで試合に出て、チャンピオンを狙っている今、私は破産前よりもはるかに「生きている実感」があります。
② 睡眠と健康に投資する
寝具にお金をかけるなんて昔は考えませんでした。だが今はわかります。睡眠は自信の土台です。体も心も、正しい選択も、全部「睡眠」から始まります。
③ 稼ぎ方を分散する「パラレルキャリア」
一つの収入源に依存すると、人は弱くなります。破産でそれを身をもって学びました。だから今の私は、複数のキャッシュポイントを持ち、そのどれも「生活の中心にしない」。儲かるためでなく、自由でいるために働きます。
④ 家族との時間を軸にする
破産前、私はこの当たり前すら見失っていました。今は違います。家族と笑う時間が、一番の回復剤であり、一番の成功指標です。
⑤ 心のメンテナンスを日常化する
瞑想、余白のある暮らし、環境の最適化。これらは「心の筋トレ」です。稼ぐよりも、まず整える。これが大人の男の戦い方です。
若作りはしない。ただし、老けもしない。
若さにしがみつく人生は惨めです。だが年齢を言い訳にして衰えていく人生も論外です。
大人の男が目指すべきは、若く見られることではなく、「成熟して魅力を増していくこと」です。
- 体は鍛える
- 外見は整える
- 生活は美しくする
- 収入源は分散する
- 心はブレなくする
これら全部を、年齢を重ねるほど深めていけばいいのです。
大人の男には、大人にしか出せない色気と説得力があります。若者と同じ土俵で戦う必要はありません。
人生何度でもやり直せる
世間のイメージより破産ってそこまで悲惨ではありませんよ。普通に生活はできますし。
破産がここまでネガティブに捉えられるのは社会の洗脳だと思います。その洗脳のせいで破産すればもう終わりだみたいなイメージがありますが、全くそんなことはありません。
チャレンジすれば当然失敗はありますし、それでも諦めない気持ちを持てば必ずやり直せます。
ウォルト・ディズニーは何度も破産を経験した末に成功を収めています。そんな彼は、次のような言葉を残しています。
- 「いままでに経験したすべての逆境やトラブル、障害が自分を強くしてくれた」
- 「逆境の中で咲く花が最も貴重で美しい」
また「自動車王」と呼ばれるヘンリー・フォードも2回の破産を経験し、次のような言葉を残しています。
- 「失敗はもう一度最初から始めるチャンスである」
- 「学ぶことをやめたとき、人は老いる。学び続ける人はいつまでも若い」
一度や二度の失敗であきらめていたら成功なんかできません。何度失敗してもあきらめずに挑戦し続けることです。
また、いくら大金を持っていても安心感はありません。私も昔はお金を増やすことが安心につながると考えていましたが、実際にお金が増えたら増えたで失う怖さが生まれますから。
真の安心感を得るためにはどんな状況になってもまた立ち上がれる知識やマインドを身につけることです。
私の知識やマインドはどんどんシェアしていきますし、私が這い上がる姿を見せていき勇気を与えられたらいいなと思います。
妻からの要望でディズニーのペントハウススウィートに宿泊してみたり。


きた福という有名カニ専門店へ行ってみたり。


経営者仲間と釣りに出掛けてみたり。


というような感じで、人生諦めなければ何度でもやり直しできます。本当に!
どんな状況になっても立ち上がれる知識やマインドを身につけることが最強
繰り返しになりますが、私の基本理念は、「どんな状況からも立ち上がれる力をつける」ということです。
起業してからは大金を掴むために努力していましたが、大金を掴んだら掴んだで失うことが怖くなります。ただ失ってみて一度は絶望しましたが、それまでの知識やスキルで這い上がることができたという経験からお金に対しての執着がなくなりました。
失うことも怖くないですし、仮に失っても生きてはいける自信がつきました。
なかなか伝わりづらいことですが、目先のお金に惑わされず、知識やスキルを身につけることが大事です。
どんな状況になっても知識やスキルは奪われませんし、知識やスキルがあればいつでも立ち上がれますから!
大人の男は、何度でも立ち上がれる。
43歳で自己破産しました。
そこからバイクのフードデリバリーをしながら再起しました。
今は “パラレルライフメソッド” を通じて、
「強く、カッコよく、自信を取り戻す大人の男」 を育てる活動をしています。
家族との時間を取り戻し、
47歳の今、人生の幸福感はむしろ過去最高です。
私は特別な才能があったわけではありません。
ただ、折れずに立ち上がり続けました。
その経験こそが、今の私の武器になっています。
【私が大事にしている価値観】
✔ 再現性より”本質”
方法論より、土台(睡眠・生活・思考)を整えることです。
✔ 若作りではなく”成熟した色気”
40代・50代の男には、若者には出せない渋さがあります。
✔ 強さは「戦う力」だけではない
家族を守る覚悟、生活を整える習慣、身体を鍛える継続力。
それら全部が”男の強さ”です。
✔ 人生の中心に「家族」と「自分の軸」
破産と苦境の経験が、本当に守るべきものを教えてくれました。
【私の再起ストーリー】
破産を子どもに隠すか悩みました。
でも、”逃げる背中”は見せたくありませんでした。
だからそのまま伝えました。
「ここから私は立ち上がる」と。
その決断がすべての始まりでした。
【今の私の活動】
現在、私は「パラレルライフメソッド」という考え方のもと、複数の活動を並行して行っています。一つの収入源に依存せず、自分らしく生きるための実践を続けながら、その経験を発信しています。
■ パラレルライフメソッドの発信
破産からの再起を通じて確立した「パラレルライフメソッド」を、同じように人生を立て直したい方、より良い生き方を模索している大人の男性に向けて発信しています。
発信内容:
- 心のメンテナンス:瞑想や思考の整え方、メンタルの保ち方
- 環境の最適化:生活空間や仕事環境の整え方
- 身体づくり:筋トレやキックボクシングを通じた肉体改造
- 外見のアップデート:ファッションや身だしなみの整え方
- 睡眠の質向上:寝具選びや睡眠習慣の改善法
- 働き方改革:複数の収入源を持つパラレルキャリアの構築方法
これらを体系化し、X(旧Twitter)やブログを通じてリアルタイムで発信しています。単なる理論ではなく、私自身が実践して効果を感じたことだけを共有しています。
■ ブログ運営
大人の男性が「もう一度カッコよく生きる」ための情報を発信する総合ライフスタイルブログを運営しています。
主なコンテンツ:
- 睡眠改善:マットレスや枕のレビュー、睡眠の質を上げる具体的な方法
- 筋トレ・トレーニング:40代からでも始められる筋トレメニューや継続のコツ
- ファッション:大人の男性に似合う服選び、コーディネート術
- キックボクシング:トレーニング内容、試合への取り組み、格闘技の魅力
- グルメ・旅行:実際に訪れたお店や旅先の体験レポート
- マインドセット:人生を立て直すための考え方や習慣
読者の方が「明日から実践できる」具体的な情報を届けることを心がけています。
■ ネット物販事業
破産後の再起の柱となった物販事業を現在も継続しています。
主な取り組み:
- ジャニーズ・K-POP特化型物販:専門性を活かした高利益率の転売ビジネス
- 韓国現地買付:韓国に旅行しながら、現地で商品を仕入れ
- グアム現地買付:グアムに旅行しながら、現地で商品を仕入れ
- Amazon・楽天・Yahoo!ショッピングでの販売:複数プラットフォームでの展開
- レンタル:個人レンタルビジネス
物販は「時間や場所に縛られない」「スキマ時間で実践できる」「再現性が高い」というメリットがあり、パラレルキャリアの一つとして最適です。月利100万円以上を安定して稼ぎ続けています。
■ 情報発信事業
物販で培ったノウハウや、人生を立て直す過程で学んだことを体系化し、教材やコンテンツとして提供しています。
主な活動内容:
- X(旧Twitter)での日々の発信:リアルタイムでの気づきや実践内容の共有
- 有料教材の販売:物販ノウハウやパラレルライフメソッドの体系化コンテンツ
- 個別コンサルティング:人生の立て直しや副業開始をサポート
- コミュニティ運営:同じ志を持つ仲間との交流の場を提供
情報発信開始から98日で2,005万円、1年で4,744万円の収益を達成しました。「再現性のある方法」と「本質的なマインド」の両面からサポートしています。また商業出版の実績もあり、商業出版ノウハウも持っています。
■ キックボクシング(現役選手として活動中)
47歳で現役選手として活動しています。
キックボクシングへの取り組み:
- 週4〜5回のトレーニング:ミット打ち、スパーリング、筋トレを継続
- 試合出場:定期的にリングに上がり実戦経験を積む
- 目標:チャンピオンベルトの獲得(本気で狙っています)
キックボクシングは私にとって単なる趣味ではありません。「体を鍛えることで自信を取り戻す」「強くなることで人生も強くなる」という実感を得るための重要な活動です。破産前よりも今の方が、はるかに「生きている実感」があります。
年齢を言い訳にせず、むしろ年齢を重ねたからこそ出せる強さと渋さを追求しています。
■ 家族との時間(最優先事項)
すべての活動の中心にあるのが「家族との時間」です。
破産前の私は、仕事に追われて家族との時間を犠牲にしていました。「家族のため」と言いながら、実際には家族との会話も減り、すれ違いが増えていました。
破産を経験して気づいたのは、家族と笑って一緒に食事をする時間こそが、人生で最も大切なものだということです。
現在の家族との関わり:
- 毎日家族揃って夕食を食べる時間を確保
- 週末は家族との外出や旅行を優先
- 子どもの成長を見逃さない
- 妻との対話時間を意識的に作る
破産前より、今の方がずっと”精神的に豊か”です。お金を追いかけていた時よりも、家族と笑い合える今の方が、何倍も幸せを感じています。
家族との時間は、私にとって最高の回復剤であり、最も重要な成功指標です。
これらすべての活動を通じて、私が伝えたいメッセージは一つです。
「大人の男は、何度でも立ち上がれる。年齢を言い訳にせず、今からでも人生を作り直せる。」
私自身がその証明であり続けたいと思っています。
【SNS】
X(旧Twitter):
👉 https://x.com/kidoarata
■ 読者へひと言
男は何度でもやり直せます。
歳を言い訳にする必要もありません。
むしろ、今からだからこそ価値があります。
あなたの人生の再構築に、
私の経験が少しでも役立てば嬉しいです。
